日本コダーイ協会機関誌 2025年春号
「わがまちのコダーイ実践者vol.3~兵庫編~」
わらべ歌で育つ園児 清流祐昭
この原稿を書いている3月は、毎年園児達の歌声が最も美しく響く季節です。
八木保育園の幼児クラスは、異年齢混合保育と言い、3歳児4歳児5歳児が3年間を同じクラスで過ごします。部屋も変わらず、保育者(2人)も原則として変わりません。この運営方法は、羽仁協子さんが1967年に日本へ帰国されて、翌年「コダーイ芸術教育研究所」を設立し、ハンガリーの保育システムに習って紹介されていったものです。私の園でも、2000年に園長を引き継ぐ前からこの仕組みは同じです。年長児は3月で卒園しても、4月からは新しい年長児が歌声や遊びを引き継いでゆきます。
私とコダーイシステム
私は1958年、浄土真宗のお寺に生まれました。高校時代にピアノと声楽などを習い、龍谷大学を卒業後1983年より再びピアノとソルフェージュを泉高弘先生(元県立西宮高校ピアノ科教諭)とアゴナシュ・ジョルジ先生(故人、リスト音楽院附属中央音楽学校創設者のひとり、大阪芸術大学教授)に師事。モスクワ音楽院のピアノ奏法とコダーイシステムの基礎練習を両先生から学びました。ソルフェージュは「333のソルフェージュ」「BICINIA HUNGARICA」「BERTALOTTI Otvenhat Solfeggio」「バッハ譜例集Ⅰ」「わらべうた(岩波文庫)」これらがテキストでした。
1987年12月、アゴナシュ・ジョルジ推薦コンサートでベートーヴェンのソナタ第4番を演奏。1988年には泉先生と協同で「コダーイ・システムによるソルフェージュ・ピアノ指導法講座」を姫路市民会館で開催しましたが、時代には早すぎたのか、2回の開催で途切れてしまいました。しかし、その後の保育園での実践にとても役立つことになりました。
わらべうたの音楽教育
私が園長になったのは、正式に引き継ぐ前年の4月に当時園長であった母が突然くも膜下症で倒れたからでした。それから1年間は事務員として園長代理を務め、翌年4月から園長に就任しました。その時にまず宣言したのは「日常の保育の中でピアノは使わない、器楽合奏もしない」でした。保護者の一部からは「そんなことをしたら保育レベルが低下するのでは」「小学校に上がったときに他園の卒園児よりも劣ってしまうのではないか」との声が上がりましたが、「保育でピアノを使わない方が子ども達の音楽能力は高まります。また器楽合奏のために子ども達の貴重な時間を割くのは無駄です。私はピアノを専門に学んだピアニストです。ピアニストがピアノは駄目と言っているので信用して下さい!」と強引に押し切りました。
園長を引き継いだ時期は、園の職員が大幅に入れ替わった時期と重なったので、新しい職員はみんな熱心に「神戸コダーイ芸術教育研究所」の講座に通い、わらべ歌を学んでゆきました。当時の職員数名は、今も園運営の中核で支えてくれています。
保育とわらべうた
0歳で入園した時からわらべ歌で保育します。0~1歳の乳児は、主に保育者が一人のこどもを抱いたり膝に乗せたりして歌う「遊ばせ歌」です。歌ってもらうことの心地よさを感じてゆきます。自分でも、自然とそれを口ずさむようになります。2歳ごろには数人の子どもとわらべ歌で遊べるようになります。0~2歳で体験したわらべ歌が、その先の音楽体験の基礎になります。
3歳になり、前出の異年齢混合幼児クラスに進級すると、数人から20人近くまでの集団わらべうた遊びに発展します。それまでの乳児のわらべ歌は、基本的には大人が歌ってあげる「遊ばせ歌」でしたが、これからは子ども自身が歌って遊び、新しく加わった子どもはその歌声を聴いて学んでいくという、「子どもから子どもに伝承するわらべ歌」です。
「肉声無伴奏でわらべ歌を歌いながら遊ぶ、これだけで子ども達の音楽能力は確実に成長する。」と私は確信しています。保育者や友達の歌声を聴き、そこに自分の声を上手く重ねる心地よさを繰り返し体験しながら「聴き取る能力」を育ててゆく。リズムは視覚的に理解し身体表現が可能ですが、音程(メロディー)の理解は聴覚が必要で、歌声による表現によって児童の理解度を知ることができます。
歌い始めは揃っていなくても、数秒歌うと皆が一致点をつかんでその音律に収束してゆく。一度美しく一本の線になったメロディーも、興奮度が高まって音が少しずつ上昇したり、あるいは何かのきっかけで乱れることもある。乱れた糸は再び元の美しい線に戻る。こういう繰り返しは、人の営みとしてごく自然なことだと思います。
ところが、これに楽器が加わると、その自然な営みが一挙に崩れます。ピアノという固定された音律が据えられて、そこに合わせるだけの作業が求められます。保育の中でピアノを使わない最大の理由がそこにありあります。
自由参加の遊び
保育園でのわらべ歌は、基本的に参加するのもやめるのも全く自由が原則です。楽しそうな歌声や動作に引き寄せられて「私も入れて!」と次々に加わってゆきます。また、他に興味があるものが浮かんだら躊躇無くわらべ歌の輪から外れて、その遊びに向かいます。あるいは、別の遊び(積み木やパズルなど)をしながらわらべ歌を聴いていたり、一緒に口ずさんだりしています。これも立派な参加方法です。
わらべ歌には必ず動作や仕草が付いています。歌を知らなくてもとりあえず遊びに参加出来て、遊びながら歌を覚えてゆきます。複数で遊ぶ中で、集団に調和することの面白さを体験します。最初は歩くことやリズム、さらに耳で聴くメロディー・音程など、それが自然と音楽的な聴力を育ててゆくと考えています。
また、定期的に保育者が狙いをもって計画を立てて「課業(テーマレッスン)」も行います。約20分程度の中で、ある課題を立てて複数のわらべ歌を教材として行います。保育者にとっては教授活動ですが、子ども達にとってはあくまで全部「遊び」です。
内的聴感とミュージックベル
音楽的に聴く力の中で、内的聴感が育っているかどうかが大きなポイントだと考えています。それを存分に活かして楽しむ活動として、年長児の最後にミュージックベル演奏をします。「きらきらぼし」を歌詞で歌い、次ぎにソルミゼイションで歌います。ほぼみんなが階名を覚えて、ベルを持っての練習になります。指揮をするのは保育者ですが、あくまでテンポを示すだけで、鳴らすタイミングは子ども自身が分かっているので、個々に指さして指示はしません。もし、誰かが欠席していたらすぐに代わりのベルを担当することができます。
今年8月の全国大会では、園児の歌っている動画を見て貰い、八木保育園の音楽教育を伝えたいと考えています。